職務質問の技法と違法

警察公論』という警察官向けの月刊誌がある。同誌ではこれまでに、職務質問の方法を紹介する連載が何度か組まれている*1


その一つとして、「警察実務研究会」という実態不明のグループによる「クローズアップ実務 職務質問の要領と着眼点」という連載があった*2。本記事では、この連載からいくつかの叙述を紹介するとともに、その適否ないし当否を検討してゆく。


同連載には、色々と興味深い記述がある。
例えば、「薬物中毒者の身体特徴」として、「前歯が欠損」「唇をよくなめる(喉が渇くため)」「頬がこけている」「顔が青白い」「肌に艶がない」などの性状が列記されている*3
また、職務質問をすべき対象車(者)の具体的な着眼点として、自動車のナンバープレートが「ぞろ目の番号(暴力団員等が好む)」「ナンバーの合計が「9」になる車(合計が2ケタ以上の場合は下1ケタ。暴力団員等が好む)」等とある*4。なお、合計「9」については、オイチョカブと関係があることも指摘されている。


「加齢のせいか肌に艶がない」「食欲不振のせいか頬がこけている」という自覚のある者は、警察官から薬物中毒者であると疑われ、職務質問・所持品検査の要求を受けることを覚悟せねばならない。また、上記の条件を満たすナンバープレートの自動車に乗っている者は、暴力団の構成員であると疑われることを覚悟せねばならないのである。


車両に対する職務質問において、自動車に乗っている相手を降車させるテクニックも紹介されている。

「相手を降車させる方法として、尾灯等を軽く叩きながら、「片方切れているよ。ちょっと降りて確認して」などと、降りざるをえない状況を演出する。降りてきたら、「ああ、点いたよ。接触が悪かったんだね」と、しらをきり職質に入る。(所持品検査・車内検索等)」


『警察公論』62巻2号(2007年2月)、52頁

このように、警察官向けの雑誌では、職務質問の実施に当たり、平然と嘘をついて、相手を騙すことが推奨されている。警察内部のテクニックとして伝承されるならばまだしも、公刊物で公然と「騙し」を奨励していたことは意外であったが、警察関係者において、ある種の感覚の麻痺が生じているということであろう。刑法等における犯罪に該当せず、刑訴法・警職法に違反しなければ(あるいは、違反しても露見しなければ)何をしても構わないという意識があるのかもしれない*5


職質しようと声をかけたところ、相手が駆け足で逃走した場合、警察官はどのように対応すべきか。この点については、以下の通り。

「駆け足で逃走する相手に対しては、「追いかけ技」が極めて有効である。(「追いかけ技」とは…相手の背中を掴んで止めるのではなく、逆に背中を押してやる。すると、バランスを崩して前に倒れこむ。)」


『警察公論』62巻5号(2007年5月)、47頁

背中を突き飛ばすことが、「極めて有効である」として奨励されている。しかし、不意に背中を押された相手が、勢いで前に転倒し、顔面等に重傷を負ったらどうするのか。
ここで、「職務質問における有形力行使の限界」が問題となる。一般的には、警職法2条1項による質問のための停止行為については、強制捜査手続によらなければ許されないような強制手段に至らない程度の心理的な影響力ないし有形力の行使は、職務質問の目的、必要性、緊急性などを合理的に考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるということになろう*6。そして、犯罪の性質及び嫌疑が軽微であるにも関らず、対象者を突き飛ばして転倒させるという有形力の行使は、必要性・相当性を欠くものとして違法とされる可能性が高いように思われる*7。また、そもそも、「突き飛ばし」は、その程度・態様によっては、(警職法2条3項が禁止する)強制手段に該当する可能性もありうる。
もっとも、上記の通り、平然と嘘をつくことを奨励する警察実務研究会としては、「本職は押しておりません。相手が勝手につまずいて転びました。」などと警察官がしらをきることを奨励するのであろう*8

(続く)

*1:このうち、「警察庁指定広域技能指導官○○○○」などの個人が実名を出して監修している企画は、精神論とお行儀の良さばかり目につき、内容的・技術的にはあまり参考にならない。

*2:『警察公論』2006年9月〜2007年7月

*3:『警察公論』62巻3号(2007年3月)、52頁

*4:『警察公論』61巻9号(2006年9月)、57頁

*5:しかし、近年、ICレコーダーの録音で、警察官による脅迫・恫喝等が明らかにされている。ここ数年、小型機器による音声・動画の記録が極めて容易になった。警察官としては、「嘘をついてもどうせ露見しない」などと軽信すべきでなかろう。

*6:堀籠幸男最高裁判所判例解説(刑事篇)昭和53年度・412頁

*7:裁判所としても、「職務質問を受けて走り出したならば犯罪の嫌疑が高いから、転倒させるべく背後から突き飛ばすことも適法である」とは言い難いであろう。

*8:これについても*5を参照。