ネット規制強化法案(刑事訴訟法第197条第5項等について)

孫正義氏が、「ネット規制強化法案」に抗議されているというので、どのような法律案か調べてみた。

I will stop my tweet for next 3days. Japanese government has passed the law to damage freedom of speech over internet.
11:49 PM Apr 11th TwitBird iPadから .


本件に抗議して、今から3日間tweetやめます。ハンガーストライキみたいなもんです。 @uesugitakashi ネット規制強化法案」を閣議決定 http://t.co/WzxCjsa
11:41 PM Apr 11th TwitBird iPadから



http://twitter.com/masason

孫氏の貼られたリンク先は、「菅政権ネット規制強化 国民をもっと信用すべきと専門家指摘」と題する「NEWSポストセブン」のページである。そこには、以下のようにある。

菅政権は長く問題点が議論されてきたコンピュータ監視法案を、震災のドサクサの中で閣議決定した。 これは捜査当局が裁判所の捜査令状なしでインターネットのプロバイダに特定利用者の通信記録保全を要請できるようにするものだ。

http://www.news-postseven.com/archives/20110411_17219.html


上記記事中の「コンピュータ監視法案」、孫氏の言われる「ネット規制強化法案」とは、おそらく、平成23年3月11日に閣議決定され、同年4月1日に国会に提出されたという、「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」のことであろう。

ここで大震災当日の3月11日に閣議決定したというのが気になるが、リアルライブの「孫社長も引っかかった!? 「コンピュータ監視法案」の中身」によれば以下の通り。

永田町関係者は頭をひねる。「そもそも、この決定は3月11日午前の閣議で決まったもので、震災とは直接関係はありません。だから『震災のドサクサの中で閣議決定した』というのは誤報です。

http://npn.co.jp/article/detail/10715016/

たしかに、官邸のサイトにも、「閣議は、原則として、毎週火曜日と金曜日に総理官邸の閣議室において午前10時から開催される。ただし、国会開会中は、国会議事堂内の閣議室において午前9時から開催されることとなっている。」とある。そして、地震発生時には、菅総理らは参議院の決算委員会に出席していた。時間的には、地震の前に上記法律案が閣議決定されたということであろう。


さて、上記法律案は広範な内容をもっており、詳細な検討を行う時間的余裕がない。そこで、興味を持った一点についてだけ、簡単に言及してしておく。

このブログでは以前捜査関係事項照会(刑事訴訟法第197条第2項)について言及したが、上記法律案は、同法同条に3項乃至5項を追加している。

第百九十七条 (略)
② (略)
③ 検察官、検察事務官又は司法警察員は、差押え又は記録命令付差押えをするため必要があるときは、電気通信を行うための設備を他人の通信の用に供する事業を営む者又は自己の業務のために不特定若しくは多数の者の通信を媒介することのできる電気通信を行うための設備を設置している者に対し、その業務上記録している電気通信の送信元、送信先、通信日時その他の通信履歴の電磁的記録のうち必要なものを特定し、三十日を超えない期間を定めて、これを消去しないよう、書面で求めることができる。この場合において、当該電磁的記録について差押え又は記録命令付差押えをする必要がないと認めるに至つたときは、当該求めを取り消さなければならない。
④ 前項の規定により消去しないよう求める期間については、特に必要があるときは、三十日を超えない範囲内で延長することができる。ただし、消去しないよう求める期間は、通じて六十日を超えることができない。
⑤ 第二項又は第三項の規定による求めを行う場合において、必要があるときは、みだりにこれらに関する事項を漏らさないよう求めることができる


http://www.moj.go.jp/content/000072554.htm
(強調部分は筆者による)

追記
上記のURLのページは削除され、http://www.moj.go.jp/content/000073754.htmが同内容のページとなっている。

以上の文言を読む限り、基本的には197条2項の捜査関係事項照会と同種の性質の制度が想定されているように思われる。
すなわち、197条3項の要求は、捜査機関が強制処分を行う前に、事業者等に対して、通信履歴の電磁的記録を消去しないよう「求める」ものにすぎず、捜査機関がそれを「強制する」ことはできない。事業者等が197条3項の要求を拒否した場合に、罰則や制裁は存在せず、事業者等は捜査機関からの要求を無視・拒否することもできる。
そして、「差押え又は記録命令付差押えをするため必要があるとき」という限定があることからしても、「公正中立」な裁判所(裁判官)の令状が発付されてはじめて差押え等の強制処分が可能になるということは従前と同様である。


もっとも、197条5項の存在に違和感がある。同項によれば、197条2項の捜査関係事項照会や197条3項の要求を受けた相手方に対して、捜査機関は、「照会等をしたことは第三者には漏らすなよ」と要求しうることになる。
たしかに、捜査には密行性が求められる。しかし、聞き込み捜査の際、捜査機関が相手に対して「捜査中なので他言無用で願います」と言うことができるが、そんなことは単なる「お願い」なのだから、法令上の根拠は存在しないし、不要である
そうすると、このような「お願い」の根拠を殊更に明文化する意義はどこにあるか。おそらく、捜査機関の実際上の運用においては、「刑事訴訟法197条第5項という法律上の根拠があるのだから、照会等を受けたことについて口外しては駄目だぞ」などと、一般市民に対して心理的圧力をかけることに資するのであろう。しかしながら、規定の形式は197条2項と同じであって、197条5項に基づく捜査機関の「求め」を無視しても、罰則や制裁は存在しない。


【参考】
http://www.asahi.com/digital/internet/TKY201103110149.html
http://www.j-cast.com/2011/04/13093027.html?p=all


ところで、http://www.moj.go.jp/content/000072554.htmのタイトルに「博」と表示されるのはなんでしょうか。
官房審議官の西田博氏の「博」か、司法法制部長の後藤博氏の「博」か。
http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/kanbu.html

追記
上記のURLのページは削除され、http://www.moj.go.jp/content/000073754.htmが同内容のページとなっている。

6月4日追記

孫正義氏が抗議された「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」について、法務省の国会提出法案のページのうち「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」については、「Q&A」や「修正点」等の解説資料が追加されている。http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00025.html

法務省の他の国会提出法案のページを見れば分かるとおり、他の法案では、「法律案要綱」「法律案」「理由」「新旧対照条文」の4点しか資料がなく、これが通例である。これらは、「理由」の説明があまりに簡潔であったり、その一方で「新旧対照条文」が膨大であったりするなどして、一般の国民には理解しづらいものである。

今回、法務省が「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」について上記のような解説資料を追加掲載したことは、おそらく、孫氏らの抗議自体や、その抗議がネット上で反響を呼んだことによるものであろう。私自身は孫氏らの抗議の内容がどのようなものであったか、その経緯の全てを把握はしていないが、抗議の意思を表明されたことに一定の意義はあっただろうと思う。