捜査関係事項照会(11月16日に修正)


「捜査関係事項照会と個人情報保護・守秘義務」については、こちら



秋田県警の警部補が、自分の妻に携帯メールを送信した人物を特定するため、虚偽の捜査関係書類を用いて、携帯電話会社にメール送信者の個人情報を照会したことで、虚偽有印公文書作成・同行使罪および公務員職権乱用罪の被疑事実により秋田地検書類送検されたそうです。

読売新聞http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100718-OYT1T00255.htm
毎日新聞http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100717k0000m040059000c.html
河北新報http://www.kahoku.co.jp/news/2010/07/20100717t43017.htm


見出しだけ読んだ時には、当該警察官が司法警察員として検証許可状ないし差押許可状を取ったのかと思いましたが、記事本文に目を通すと、刑訴法197条2項の「捜査関係事項照会」でした。なるほど、警察からの捜査関係事項照会だけで、電気通信事業者は、送受信者の氏名、住所等の情報提供に応じるのですね。これがごく普通の捜査方法なのかもしれませんが、自分は知りませんでした(このような場合には、まず警察が検証許可状ないし差押許可状をとり、そうすると、事業者側が「令状があるならやむを得ない」と情報提供するのだと思っていました。)。
そこで、ふと思い出したのが、酒巻匡教授のお言葉です。酒巻教授は、平常の刑事手続の運用(生理現象)を確実に把握すべきことを説かれた文章のなかで、以下のように仰います。

「試験などで問われる設例は、異常事態、病理現象を扱うことも少なくないため、――まことに異常なことと思われるが――もっぱら異常事態の対処法解答パターンのみ学習するという馬鹿者さえ現れてくることがある。」
「手続の平常の作動状態とこれを支えている制度の基本趣旨を知らなければお話にならない」


(酒巻匡「はじめに―特集のねらい」『法学教室』280号5頁)

「試験などで問われる設例は、異常事態、病理現象を扱うことも少なくない」という箇所は、より正確には、「試験などで問われる設例は、異常事態、病理現象を扱うことが大半である」とすべきではないかとの感想を持ちますが、それはともかく、「手続の平常の作動状態…を知らなければお話にならない」とのご指摘は、仰る通りだと思います。そして、「捜査関係事項照会」も刑訴法に明文のある、捜査「手続の平常の作動状態」の一環でしょうから、知らなければお話にならない、ということになりそうです。


さて、上記報道によると、捜査関係事項照会を受けた場合、携帯電話会社によっては、メール発信者の氏名、住所等を捜査機関に提供するようです。


捜査関係事項照会について、警察庁の通達は、以下のように述べます。

刑事訴訟法197条2項は、「捜査については、公務所又は公私の団体(以下「公務所等」という。)に照会して必要な事項の報告を求めることができる。」と規定している。」
「本照会は、公務所等に報告義務を負わせるものであることから、当該公務所等は報告することが国の重大な利益を害する場合を除いては、当該照会に対する回答を拒否できないものと解される。また、同項に基づく報告については、国家公務員法等の守秘義務規定には抵触しないと解されている。」


「捜査関係事項照会書の適正な運用について」
http://www.npa.go.jp/pdc/notification/keiji/keiki/keiki19991207.htm

上記引用のうち、「当該公務所等は報告することが国の重大な利益を害する場合を除いては、当該照会に対する回答を拒否できない」という箇所は、誤解を招く表現です。捜査関係事項照会では、確かに相手方は「原則として報告すべき義務を負う」とされますが、同時に、それを「直接的に強制する方法はない」からです*1
また、電気通信事業者である携帯電話会社には、通信の秘密(憲法21条2項)に由来する守秘義務が法律上課されており(電気通信事業法4条)、捜査機関から通信履歴や契約者情報等に関する捜査関係事項照会を求められた場合に、携帯電話会社が網羅的、一般的に回答することは、守秘義務に抵触するものと考えられます*2

この点に関して、「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」の15条1項は以下の通りです。

(第三者提供の制限)
第15条 電気通信事業者は、次の各号のいずれかに該当する場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人情報を第三者に提供しないものとする。
一 法令に基づく場合
二 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
三 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
四 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき。


『電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン(平成16年総務省告示第695号。最終改正平成21年総務省告示第543号)』(pdf

この条項に関して、「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドラインの解説」には「法令に基づく場合」に関する詳しい解説があり、「照会」に関しては以下のように説明されています。

電気通信事業者には通信の秘密を保護すべき義務もあることから、通信の秘密に属する事項(通信内容にとどまらず、通信当事者の住所・氏名、発受信場所及び通信年月日等通信の構成要素並びに通信回数等通信の存在の事実の有無を含む。)について提供することは原則として適当ではない。他方、個々の通信とは無関係の加入者の住所・氏名等は、通信の秘密の保護の対象外であるから、基本的に法律上の照会権限を有する者からの照会に応じることは可能である。」


「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン(平成16年総務省告示第695号。最終改正平成21年総務省告示第543号)の解説」(pdf

「個々の通信とは無関係の加入者の住所・氏名等は、通信の秘密の保護の対象外であるから、基本的に法律上の照会権限を有する者からの照会に応じることは可能である。」とされているところ、メールアドレスが判明している場合に当該メールアドレスの使用者の住所・氏名を照会することはこれに当たるものと考えられます。

この先、上記のガイドライン及び実務の運用が妥当なものか否かを検討すべきですが、まだ思案中なので、ひとまずここまでにします。

(7月31日追記)
プロバイダ責任制限法」の逐条解説に以下のような記述があります。
「発信者情報は、発信者のプライバシー及び匿名表現の自由、場合によっては通信の秘密として保護されるべき情報であるから、正当な理由もないのに発信者の意に反して情報の開示がなされることがあってはならないことは当然である。」
『特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限
及び発信者情報の開示に関する法律−逐条解説−』、23頁以下。
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/chikujyokaisetu.pdf


上記引用中にある「プライバシー及び匿名表現の自由」という表現は、ネット上で匿名の情報発信を行うことも法的保護に値するという観点を示しています。これと同様の観点からすると、一対一の携帯メール送信の場合でも、相手方に対して自己の身元を知られることなく携帯メールを送信できるという期待が、一切の法的保護に値しないとまでは言えないように思います。
しかし、通信傍受の場合等と比較してプライヴァシー等の利益侵害の程度は低く、上記の期待は、刑訴法上の強制処分の要件とされる「重要な権利・利益」には該当しないと考えられます。そうすると、捜査機関が携帯電話会社から特定のメールアドレスの使用者の住所・氏名等の情報を知得することは強制処分には当たらず、令状も不要であると解されます。
このように、任意処分としての捜査関係事項照会が可能であるとして、任意処分も無制約ではなく、電気通信事業者に課された守秘義務が問題となります。この点は、「報告を求めた事項の捜査上の必要性と守秘義務の内容との比較衡量により判断すべきものと解される」*3とされています。
したがって、捜査機関が「個々の通信とは無関係の加入者の住所・氏名等」に関する捜査関係事項照会を行い、これに携帯電話会社が回答することは、捜査上の必要性が合理的なものとして是認される限りにおいて、許容されるものと考えます。


(参考文献)池田弥生「携帯電話の位置探索のための令状請求」『判例タイムズ』1097号27頁

*1:『条解刑事訴訟法〔第4版〕』(弘文堂、2009年)、374頁。この点、『新版注釈刑事訴訟法 第3巻』(立花書房、1996年)も、捜査関係事項照会に対して報告する義務が「履行されないときはそれを強制する手段はない」とします(84頁)。すなわち、警察庁は「回答を拒否できない」と言いますが、紹介を受けた公務所等が「回答を拒否する」と応じれば、そのこと自体は、警察はどうしようもありません。

*2:なお、「いわゆる政令指定都市の区長が弁護士法二三条の二に基づく照会に応じて前科及び犯罪経歴を報告したことが過失による公権力の違法な行使にあたるとされた事例」として最判昭56・4・14参照。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319123212064987.pdf

*3:『大コンメンタール刑事訴訟法 第3巻』(青林書院、1996年)、158頁。