警職法の役割

shin422氏のブログの文章に触発されて、コメントを投稿させて頂きました。同氏による最新の知財判例から日本政治思想史まで縦横に論ずる学識には、敬服するばかりです。
さて、まず侵害留保原則と強制処分法定主義との関係について。この問題が分かりづらい原因は、51年決定それ自体にあるだろう*1。この決定の判文については、担当調査官を務められた香城先生の配慮が不足していたのではあるまいか。いわゆる、「措辞適切を欠く」というやつだ。
同決定は「捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである。」「強制手段とは」「個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであ〔る〕」という。
香城先生は、上記の「法律の根拠規定」「特別の根拠規定」という箇所を「刑訴法に特別の根拠規定」とすべきであった。なぜ「刑訴法」を落とされたのであろうか、51年決定の調査官解説や学者の評釈を読むかぎり、その消息は判然としない。
『条解 刑事訴訟法(4版)』(弘文堂、2009年)は、197条1項但書について、「本法に限定するものに限るとの趣旨である」と説明している*2
たとえば、平成11年法律第138号によって刑訴法に222条の2が追加されたのは何故か。一見するとそれ自体は無内容とも思われる222条の2が、殊更に「刑訴法」に追加された。それは、刑訴法と別個に「通信傍受法」を制定しただけでは、たとえ同法の要件を満たす警察官の盗聴であっても、刑訴法197条1項但書に違反してしまうからである*3。刑訴法197条1項但書が「強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。」とする以上は、強制処分たる通信傍受を行うには「刑訴法」に特別の根拠規定が必要不可欠であって、それが222条の2なのである*4
ここまでは強制処分法定主義の話。続いて、任意処分と法律の留保原則及び警察比例の原則*5との関係について。
上記51年決定は、「強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。」とした。
同決定の判示は直接には司法警察活動に関するものであるが、行政警察活動に関しても同様の理解(比例原則)が妥当しよう。そうすると、行政警察活動における任意処分について、法律の留保原則及び警察比例の原則の観点からは、警職法が必要不可欠であると考えざるを得ない。
警察官は「比例原則」なる法的概念を理解しているのだろうか*6。いかに含蓄あるドイツ警察行政法由来の法概念であっても、それ自体では現場の警官の職務執行を法的に実効的に統制するには有効でなく、やはり、それを明示した法文の規定が必要不可欠であろう。*7
私が路上で職質(所持品提示の要求も含む)を受けた複数回の経験では、こちらが警職法ないしその解釈論を告げて、はじめて、警察官の態度は変わる*8。市民の知識ないし対応の程度に応じて、こいつに対しては遵法を心掛けねば(あるいは、違法なことをしたらばれるので注意せねば)という意識になるように見受けられる。
個々の生身の警察官の実態に眼を向ければ、「警職法」の存在こそが警察官の行為規範となり、一般市民の法益(移動の自由やプライバシーの利益)を保護する根拠規範として機能していると評価できよう。
なお、どこかの国とは異なって、日本は法治国家(行政が法律の制限の下に活動する国家)である。不審者・犯罪者に対しては法律を無視してでも訊問・摘発・処罰せよという意見が時々出てくることは、大変残念である。公権力にはただ服従せよと言うのでは、どこかの国の体制と変わりあるまい。
特に全ての警察官は、警視庁世田谷署の署員による悪質・乱暴な違法職質の結果として、被告人の大麻所持及び警官への暴行の事実が認定されたにも関らず、公務執行妨害罪も大麻取締法違反も無罪(確定)とされた、東京地判平18・10・27および控訴審の東京高判平19・9・18判タ1273・338を味読されたい。そして、日本が法治国家であるということを銘記しておいて頂きたい。

*1:最決昭51・3・16刑集30・2・187(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120320284185.pdf)。

*2:同書372頁。「限定するものに限る」と妙な表現であって、正しくは「規定するものに限る」ではないだろうか。

*3:その盗聴は、通信傍受法制定以前における盗聴の可否について判断した、最決平11・12・16刑集53・9・1327(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319115531031911.pdf)の示した要件も満たさないことになる。

*4:『条解 刑事訴訟法(第4版)』427頁。通信傍受(法)の問題点に関しては、芦部信喜・法教219号101頁、田口守一・法教243号2頁、同・法教250頁70頁を参照。

*5:警職法1条2項。

*6:警察の仕事は忙しいし、習得すべき事柄も法律やら内規に基づく手続やらで数多い。比例原則まで手が回っていないだろう。

*7:もっとも、それなら司法警察活動の任意処分における比例原則はどうなのかということで、刑訴法197条1項本文及び裁判例における相当性判断の曖昧さが問題となる。この点は、国家公安委員会の規則ではあるが、犯罪捜査規範の2条2項、3条及び10条の周知徹底と遵守に期待するほかない。

*8:私は、深夜、都内の繁華街の路上で、2人組の若い制服警官から突然、「ちょっと持ちもん(=持ち物)見せてよ」と言われたことがある。無礼かつ面倒なので、「いやです」と丁寧語で断り、立ち去ろうとすると、警官は途端に声色が変わり、「ちょっと待てよ」と命令調ですごまれ、2人組の一方から右腕をがっしりと掴まれた(警官から右腕を掴まれた瞬間に私は、これくらいは、「判例上は」適法な有形力行使の範囲内であろうなあ、と思ったものである)。私は少しばかり警職法の法的性格を説明し、警察官の横柄で不遜な態度に疑問を表明した。次第に警官の態度が変わり、結局は私は所持品を提示することもなく、5-10分以内にそのまま放免された。