捜査関係事項照会(刑事訴訟法第197条第2項)の解説―捜査関係事項照会と個人情報保護・守秘義務について―*1

※この記事は、刑事訴訟法第197条第2項について論じたもの。刑事訴訟法第197条第5項について簡単に触れた記事はこちら

【この記事のまとめ】

  • 捜査機関からの捜査関係事項照会(刑事訴訟法第197条第2項)を受けた場合、行政機関や企業には、住民・顧客等のプライバシーに配慮した慎重な対応が求められる。
  • 捜査関係事項照会への回答を拒否したとしても、法律上の罰則や制裁は存在しない。
  • 照会を受けた者は、個人情報保護法行政機関個人情報保護法国家公務員法地方公務員法に基づいて、適法に回答を拒否することができる。
  • むしろ、個人情報保護法等を無視して漫然と捜査関係事項照会に回答することが、不法行為(違法行為)となり、照会に応じた者(回答した者)が法的責任を負う可能性があるので、注意が必要である。
  • 地方自治体のウェブサイトにおける捜査関係事項照会に関する記述は、無責任である。

(0)はじめに
ネット上のブログや質問掲示板には、法的な問題に関して、典拠(信頼できる参考文献の根拠)も示さず、適当な思いつきを綴った文章が散見される。すなわち、聞きかじりの法律用語を適当に交えただけの口からでまかせの文章、刑法と刑事訴訟法の区別さえ怪しいような有害無益の低レベルの文章などである*1
たとえば、捜査関係事項照会に対する回答を拒否すると「公務執行妨害罪」(刑法95条1項)になるかもしれない、などという者がいる。全くの出鱈目である。刑法95条1項を読めば、「公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。」と書いてある。
「捜査関係事項照会への回答はお断りします」と書面ないし口頭で拒否しただけで、どうして、警察官に対する「暴行」*2や「脅迫」*3となるのだろうか。なるわけがない
上記の者は、「公務執行妨害」という言葉だけが頭の片隅にあって、「回答拒否は、公務の執行の「妨害」になるのかな…」などと、完全に誤った推測を働かせたのであろう。
このように、ネットでは、条文や注釈書(法令の解説書)さえ参照せずに、適当な思いつきを書きつづる文章がある。それらを信用して損害を被っても、自己責任である。十分に留意して頂きたい。


(1)「捜査関係事項照会」(刑事訴訟法第197条第2項)の法的性質
刑事訴訟法の注釈書によれば*4、捜査関係事項照会(刑事訴訟法第197条第2項)を受けた相手方は、「原則として報告すべき義務を負う」とされているものの、捜査機関がその義務を「強制する方法はない」*5
したがって、警察からの捜査関係事項照会に対して回答を拒否したとしても、そのことで直ちに警察官が資料等を押収することはできないし、拒否した者を処罰することもできない。
ちなみに、道路の歩行者には信号に従う法的義務があり、歩行者が信号を無視した場合には「二万円以下の罰金又は科料」の罰則がある(道路交通法7条、121条1項1号)。一方で、捜査関係事項照会については、無視ないし回答拒否した場合の罰則・制裁規定は存在しない。
法的に言うならば、歩行者の信号無視は刑罰の適用もありうる「犯罪」に該当するが、捜査関係事項照会を無視・回答拒否しても全く問題がないのである。


(2)捜査関係事項照会への回答と個人情報保護法行政機関個人情報保護法違反
むしろ、警察からの概括的な捜査関係事項照会に対し、個人情報等について網羅的・包括的に回答することは、「第三者提供の制限」(個人情報保護法23条)や「利用及び提供の制限」(行政機関個人情報保護法8条1項)に抵触して、回答した者に不法行為責任(民法709条)ないし国家賠償責任国家賠償法1条1項)が生じる可能性がある*6
たとえば、総務省は、「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドラインの解説(総務省HPのpdf)」23頁以下で、次のようにいう。
すなわち、総務省によれば、捜査関係事項照会等の「法令に基づく場合」であっても、「電気通信事業者には通信の秘密を保護すべき義務もあることから、通信の秘密に属する事項(通信内容にとどまらず、通信当事者の住所・氏名、発受信場所及び通信年月日等通信の構成要素並びに通信回数等通信の存在の事実の有無を含む。)について提供することは原則として適当ではない。」という。
これは要するに、総務省の見解として、事業者は、警察からの捜査関係事項照会を拒否しなければならない場合があるということである。
また、弁護士照会の事案であるが、最高裁判所は、政令指定都市の区長が、弁護士法二三条の二に基づく照会に応じて、前科及び犯罪経歴を弁護士会に対して報告したことが、過失による公権力の違法な行使にあたると判断した(京都市の上告を棄却)。
最高裁は、「市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である」と判示している(最判昭56・4・14民集35・3・620(裁判所HPのpdf))。
これは要するに、「法令に基づく照会」であっても、その照会に回答したことが違法とされ、不法行為責任が生じるとした最高裁判例がある、ということである*7
上記判例の時点では、個人情報保護法行政機関個人情報保護法は制定されていなかった。しかし、個人情報保護法行政機関個人情報保護法が制定される前でさえ、最高裁は「プライバシー」を尊重する判断を示したのである*8。そうすると、これらの法律が存在する現在では、(とりわけ行政機関には、)捜査機関からの照会に対しても、プライバシーに配慮した、より慎重な対応が求められることになる。たとえ「法令に基づく場合」だとしても、個人情報等に関する照会に対して安易に回答することが法的に許されないということは、上記の総務省ガイドラインや上記判例から明らかであろう。


最判昭56・4・14は国家賠償請求の事案であったが、上記の通り、私人が捜査関係事項照会に回答した場合にも、回答の内容・態様によっては、不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性がある。
この点について、兵庫県は、「警察の捜査関係事項照会に対しては、顧客情報を提供することができます」という。兵庫県がその根拠として引用するのは、経済産業省の「「個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン」等に関するQ&A(pdf)」15頁(No.99)である。
上記経産省ガイドラインは、「上記照会により求められた顧客情報を本人の同意なく回答することが民法上の不法行為を構成することは、通常考えにくい」という。この箇所は、上記総務省ガイドラインを踏まえるならば、「不法行為を構成することは、通常考えにくい(が、不法行為を構成することがないとは断定できない。)」という意味である。「不法行為を構成することがないとは断定できない」ということは、「不法行為を構成する可能性がある」ということに他ならない*9
経産省ガイドラインでは不法行為を構成する可能性が否定されていないにもかかわらず、なぜ兵庫県は「顧客情報を提供することができます」などと無条件に断定するのであろうか。兵庫県は、速やかに上記の文章を削除・訂正しなければならない。
ともあれ、捜査関係事項照会書に回答した結果、顧客や住民等から訴えを提起された場合に、警察や兵庫県が代わりに責任を取ってくれるわけではない*10訴えられて責任を負わねばならないのは、回答した者である


(3)捜査関係事項照会への回答と守秘義務違反
つぎに、地方公務員法34条1項、国家公務員法100条1項の「守秘義務」との関係についてはどうか*11

茨城県は、捜査関係事項照会と地方公務員法上の守秘義務との関係について論じた文章の中で、刑訴法144条をあげたうえ、捜査関係事項照会についても「この刑事訴訟法の趣旨からすれば,照会事項の内容が職務上の秘密に属する場合であっても国の重大な利益を害するものではない限り,報告する義務があるものと解されます。」と述べる。

しかし、この茨城県の文章には、混同・誤解がある。
刑訴法144条は、裁判所における証人尋問に関する規定である。そして、刑事訴訟法上、証人が出頭・宣誓・証言を拒絶した場合には制裁を受けることがある(刑訴法150条、151条、160条、161条)。これに対して、捜査関係事項照会(刑訴法197条2項)では、拒絶した場合の制裁は刑訴法上存在しない。
そもそも、「証人尋問」は裁判所が行う(刑訴法143条)。「捜査関係事項照会」は、捜査機関が行なう。
要するに、証人尋問と捜査関係事項照会とでは、実施する主体も違えば、制裁の有無でも違う。両者の法的規律・性質は大きく異なっており、全くの別物である。その点を無視して、「この刑事訴訟法の趣旨からすれば」などと論じるのは飛躍であって、誤りである。茨城県は、速やかに上記の文章を削除・訂正しなければならない。

もっとも、このような茨城県の文章を軽信したとしても、照会に対する回答は全て自己責任である。住民等から法的責任を追及された場合、茨城県が助けてくれることはない*12


(4)回答すべきか否か
回答することが不法行為(違法行為)となり、自らに法的責任が生じる可能性を認識しながら、それでも任意に回答するのか。
それとも、回答しなくとも罰則や制裁は存在しないのであるから、個人情報保護法*13行政機関個人情報保護法*14国家公務員法*15地方公務員法*16に基づいて、回答を拒否するのか*17
いずれを選択するかは、各人の「選択」であり、各人の「責任」である。

*1:後記のとおり、法的に誤った文章は、地方公共団体のHPにも見受けられる。

*2:公務員に向けられた有形力行使(実力行使)をいう。『条解 刑法(第2版)』(弘文堂、2007年)264頁。

*3:人を畏怖させるに足る害悪の告知をいう。『条解 刑法(第2版)』264頁。

*4:『条解刑事訴訟法〔第4版〕』(弘文堂、2009年)374頁、『新版注釈刑事訴訟法 第3巻』(立花書房、1996年)84頁。

*5:なお、警察官でない者は、警察庁の捜査関係事項照会に関する通達を軽々しく信用すべきでない。警察庁は「捜査関係事項照会書の適正な運用について(通達)」(http://www.npa.go.jp/pdc/notification/keiji/keiki/keiki19991207.htm)において、「本照会は、公務所等に報告義務を負わせるものであることから、当該公務所等は報告することが国の重大な利益を害する場合を除いては、当該照会に対する回答を拒否できないものと解される。また、同項に基づく報告については、国家公務員法等の守秘義務規定には抵触しないと解されている。」という。しかし、そのような解釈の理由付けも典拠も示されていない。「解されている」とは、いったい誰に解されているのだろうか(上記通達には、文献も、判例も、他省のガイドラインも、根拠となるものは何も示されていないのである。)。とはいえ、そもそもこれは「通達」であるから、法的性質としては、警察組織における内部規則に過ぎず、それ以上の意味はない。すなわち、裁判所や他の行政機関に対しても、民間企業等の私人に対しても、上記の通達は法的拘束力を持たない。したがって、照会を受けた者は、以下で挙げる各法令・ガイドラインの規定や最高裁判所判決(最判昭和56年4月14日)の趣旨等も考慮して、自身の責任において、回答するか否かを判断しなければならない。

*6:この点は、個人情報保護法23条1項1号、行政機関個人情報保護法8条1項の解釈問題となろう。

*7:京都府は、「警察や検察等の捜査機関からの照会(刑事訴訟法第197条第2項)に対する回答は、「法令に基づく場合」(個人情報保護法第23条第1項第1号)に該当するため、照会に応じて顧客情報を提供する際に本人の同意を得る必要はありません。」(http://www.pref.kyoto.jp/joho-kojin/kajohanno.html)と断定する。しかし、最高裁は上記判例において、法令に基づく京都市の回答を「公権力の違法な行使」であると判断した。「法令に基づく」からといって、全ての回答が違法にならないというわけではない。京都府の上記見解には疑問がある。もっとも、京都府は、http://www.pref.kyoto.jp/copyright.htmlにおいて、「京都府は、利用者が府ホームページの情報を利用することによって生じるいかなる損害、損失について、何ら責任を負うものではありません。」とする。すなわち、京都府は上記記載が無責任な情報である旨を明記している。

*8:「プライバシー」とは、上記56年判決の伊藤正己補足意見及び同判決の平田浩調査官による表現。同判決について、平田調査官は「官庁のプライバシー管理のあり方についての重要な先例となる」とする(『最高裁判所判例解説(刑事篇)昭和56年度』255頁)。

*9:上記の通り、不法行為を構成するか否かについては、捜査関係事項照会及びこれに対する回答が、いかなる内容及び態様であるかが問題となる。

*10:兵庫県は、http://web.pref.hyogo.jp/about_pref.htmlにおいて、「5 免責事項」として、「兵庫県は、利用者が兵庫県ホームページの情報を用いて行う一切の行為について責任を負うものではありません。」とする。すなわち、兵庫県は上記記載が無責任な情報である旨を明記している。

*11:ここでは、「職務上知り得た秘密」(地公法34条1項)、「職務上知ることのできた秘密」(国公法100条1項)における「秘密」の意義も問題となる。守秘義務については『最高裁判所判例解説(刑事篇)昭和56年度』258頁も参照。

*12:茨城県は、http://www.pref.ibaraki.jp/misc/right_link.htmlにおいて、「茨城県は利用者が茨城県ホームページの情報を用いて行う一切の行為について、いかなる責任も負いません。」とする。すなわち、茨城県は上記記載が無責任な情報である旨を明記している。

*13:同法23条1項所定の「第三者提供の制限」。

*14:同法8条1項所定の「利用及び提供の制限」。

*15:同法100条1項所定の守秘義務

*16:同法34条1項所定の守秘義務

*17:〔例〕「検討の結果、個人情報保護に関する諸法令の趣旨、及び、今回照会の対象とされた個人情報の性質や分量に鑑みて、捜査関係事項照会書のみでは回答できないものと判断致しました。当該事項の照会につきましては、裁判所が発付した令状をご提示下さるようお願い致します。」