信教の自由

自衛官合祀訴訟最高裁判所大法定判決(最大判昭63・6・1民集42・5・277)というものがある。

「信教の自由の保障は、何人も自己の信仰と相容れない信仰をもつ者の信仰に基づく行為に対して、それが強制や不利益の付与を伴うことにより自己の信教の自由を妨害するものでない限り寛容であることを要請しているものというべきである。このことは死去した配偶者の追慕、慰霊等に関する場合においても同様である。何人かをその信仰の対象とし、あるいは自己の信仰する宗教により何人かを追慕し、その魂の安らぎを求めるなどの宗教的行為をする自由は、誰にでも保障されているからである。」
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120534667871.pdf

判例は公共の福祉のため速やかに判例変更されるべき最高裁判決の一つであろうと思う。しかし、最高裁の裁判官14人のうち、反対意見を表明したのは伊藤正己先生お一人だけである。変更は容易ではなさそうだ。
長谷部恭男教授は、同判決の多数意見について以下のように仰る。教授は大法廷判決多数意見の蒙昧をごく簡潔に剔抉されている。
「多数意見の論理からすれば、宗教活動の一環として行われる限り、宗教団体は本人の意に反してさまざまな人の名前や肖像を使用することが許されることになり、我々はそのような宗教活動に対しても「強制にわたらない限り」寛容でなければならないようである。」
(長谷部恭男『憲法(第4版)』(新世社、2008年)195-196頁)

憲法 (新法学ライブラリ)

憲法 (新法学ライブラリ)

最高裁大法廷によれば、たとえば私が宗教者であると称したうえ、宗教的能力によって著名人や著名な物故者の本心を聞いたと主張し、自らの著作等において著名人や著名な物故者の託宣なるものをあれこれ喧伝することも私の「信教の自由」の一環として許される。それがいかなる内容の主張であろうと、著名人本人や著名な物故者の遺族に無断でその氏名、写真、肖像画等を掲載しようと、それは私の信仰に基づくものであるとともに、そこに他者への「強制」が存しないのであるから、著名人も著名な物故者の遺族も、死ぬまで黙って私の活動を受忍しなければならない(判例の事案では無名な一市民が信仰対象とされたわけであるが、著名人でも同様であろう。)。
我が最高裁は、このような事案をも近接した射程に含める先例を今なお維持しているのである。

警職法の役割

shin422氏のブログの文章に触発されて、コメントを投稿させて頂きました。同氏による最新の知財判例から日本政治思想史まで縦横に論ずる学識には、敬服するばかりです。
さて、まず侵害留保原則と強制処分法定主義との関係について。この問題が分かりづらい原因は、51年決定それ自体にあるだろう*1。この決定の判文については、担当調査官を務められた香城先生の配慮が不足していたのではあるまいか。いわゆる、「措辞適切を欠く」というやつだ。
同決定は「捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである。」「強制手段とは」「個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであ〔る〕」という。
香城先生は、上記の「法律の根拠規定」「特別の根拠規定」という箇所を「刑訴法に特別の根拠規定」とすべきであった。なぜ「刑訴法」を落とされたのであろうか、51年決定の調査官解説や学者の評釈を読むかぎり、その消息は判然としない。
『条解 刑事訴訟法(4版)』(弘文堂、2009年)は、197条1項但書について、「本法に限定するものに限るとの趣旨である」と説明している*2
たとえば、平成11年法律第138号によって刑訴法に222条の2が追加されたのは何故か。一見するとそれ自体は無内容とも思われる222条の2が、殊更に「刑訴法」に追加された。それは、刑訴法と別個に「通信傍受法」を制定しただけでは、たとえ同法の要件を満たす警察官の盗聴であっても、刑訴法197条1項但書に違反してしまうからである*3。刑訴法197条1項但書が「強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。」とする以上は、強制処分たる通信傍受を行うには「刑訴法」に特別の根拠規定が必要不可欠であって、それが222条の2なのである*4
ここまでは強制処分法定主義の話。続いて、任意処分と法律の留保原則及び警察比例の原則*5との関係について。
上記51年決定は、「強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。」とした。
同決定の判示は直接には司法警察活動に関するものであるが、行政警察活動に関しても同様の理解(比例原則)が妥当しよう。そうすると、行政警察活動における任意処分について、法律の留保原則及び警察比例の原則の観点からは、警職法が必要不可欠であると考えざるを得ない。
警察官は「比例原則」なる法的概念を理解しているのだろうか*6。いかに含蓄あるドイツ警察行政法由来の法概念であっても、それ自体では現場の警官の職務執行を法的に実効的に統制するには有効でなく、やはり、それを明示した法文の規定が必要不可欠であろう。*7
私が路上で職質(所持品提示の要求も含む)を受けた複数回の経験では、こちらが警職法ないしその解釈論を告げて、はじめて、警察官の態度は変わる*8。市民の知識ないし対応の程度に応じて、こいつに対しては遵法を心掛けねば(あるいは、違法なことをしたらばれるので注意せねば)という意識になるように見受けられる。
個々の生身の警察官の実態に眼を向ければ、「警職法」の存在こそが警察官の行為規範となり、一般市民の法益(移動の自由やプライバシーの利益)を保護する根拠規範として機能していると評価できよう。
なお、どこかの国とは異なって、日本は法治国家(行政が法律の制限の下に活動する国家)である。不審者・犯罪者に対しては法律を無視してでも訊問・摘発・処罰せよという意見が時々出てくることは、大変残念である。公権力にはただ服従せよと言うのでは、どこかの国の体制と変わりあるまい。
特に全ての警察官は、警視庁世田谷署の署員による悪質・乱暴な違法職質の結果として、被告人の大麻所持及び警官への暴行の事実が認定されたにも関らず、公務執行妨害罪も大麻取締法違反も無罪(確定)とされた、東京地判平18・10・27および控訴審の東京高判平19・9・18判タ1273・338を味読されたい。そして、日本が法治国家であるということを銘記しておいて頂きたい。

*1:最決昭51・3・16刑集30・2・187(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120320284185.pdf)。

*2:同書372頁。「限定するものに限る」と妙な表現であって、正しくは「規定するものに限る」ではないだろうか。

*3:その盗聴は、通信傍受法制定以前における盗聴の可否について判断した、最決平11・12・16刑集53・9・1327(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319115531031911.pdf)の示した要件も満たさないことになる。

*4:『条解 刑事訴訟法(第4版)』427頁。通信傍受(法)の問題点に関しては、芦部信喜・法教219号101頁、田口守一・法教243号2頁、同・法教250頁70頁を参照。

*5:警職法1条2項。

*6:警察の仕事は忙しいし、習得すべき事柄も法律やら内規に基づく手続やらで数多い。比例原則まで手が回っていないだろう。

*7:もっとも、それなら司法警察活動の任意処分における比例原則はどうなのかということで、刑訴法197条1項本文及び裁判例における相当性判断の曖昧さが問題となる。この点は、国家公安委員会の規則ではあるが、犯罪捜査規範の2条2項、3条及び10条の周知徹底と遵守に期待するほかない。

*8:私は、深夜、都内の繁華街の路上で、2人組の若い制服警官から突然、「ちょっと持ちもん(=持ち物)見せてよ」と言われたことがある。無礼かつ面倒なので、「いやです」と丁寧語で断り、立ち去ろうとすると、警官は途端に声色が変わり、「ちょっと待てよ」と命令調ですごまれ、2人組の一方から右腕をがっしりと掴まれた(警官から右腕を掴まれた瞬間に私は、これくらいは、「判例上は」適法な有形力行使の範囲内であろうなあ、と思ったものである)。私は少しばかり警職法の法的性格を説明し、警察官の横柄で不遜な態度に疑問を表明した。次第に警官の態度が変わり、結局は私は所持品を提示することもなく、5-10分以内にそのまま放免された。

捜査関係事項照会(刑事訴訟法第197条第2項)の解説―捜査関係事項照会と個人情報保護・守秘義務について―*1

※この記事は、刑事訴訟法第197条第2項について論じたもの。刑事訴訟法第197条第5項について簡単に触れた記事はこちら

【この記事のまとめ】

  • 捜査機関からの捜査関係事項照会(刑事訴訟法第197条第2項)を受けた場合、行政機関や企業には、住民・顧客等のプライバシーに配慮した慎重な対応が求められる。
  • 捜査関係事項照会への回答を拒否したとしても、法律上の罰則や制裁は存在しない。
  • 照会を受けた者は、個人情報保護法行政機関個人情報保護法国家公務員法地方公務員法に基づいて、適法に回答を拒否することができる。
  • むしろ、個人情報保護法等を無視して漫然と捜査関係事項照会に回答することが、不法行為(違法行為)となり、照会に応じた者(回答した者)が法的責任を負う可能性があるので、注意が必要である。
  • 地方自治体のウェブサイトにおける捜査関係事項照会に関する記述は、無責任である。

(0)はじめに
ネット上のブログや質問掲示板には、法的な問題に関して、典拠(信頼できる参考文献の根拠)も示さず、適当な思いつきを綴った文章が散見される。すなわち、聞きかじりの法律用語を適当に交えただけの口からでまかせの文章、刑法と刑事訴訟法の区別さえ怪しいような有害無益の低レベルの文章などである*1
たとえば、捜査関係事項照会に対する回答を拒否すると「公務執行妨害罪」(刑法95条1項)になるかもしれない、などという者がいる。全くの出鱈目である。刑法95条1項を読めば、「公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。」と書いてある。
「捜査関係事項照会への回答はお断りします」と書面ないし口頭で拒否しただけで、どうして、警察官に対する「暴行」*2や「脅迫」*3となるのだろうか。なるわけがない
上記の者は、「公務執行妨害」という言葉だけが頭の片隅にあって、「回答拒否は、公務の執行の「妨害」になるのかな…」などと、完全に誤った推測を働かせたのであろう。
このように、ネットでは、条文や注釈書(法令の解説書)さえ参照せずに、適当な思いつきを書きつづる文章がある。それらを信用して損害を被っても、自己責任である。十分に留意して頂きたい。


(1)「捜査関係事項照会」(刑事訴訟法第197条第2項)の法的性質
刑事訴訟法の注釈書によれば*4、捜査関係事項照会(刑事訴訟法第197条第2項)を受けた相手方は、「原則として報告すべき義務を負う」とされているものの、捜査機関がその義務を「強制する方法はない」*5
したがって、警察からの捜査関係事項照会に対して回答を拒否したとしても、そのことで直ちに警察官が資料等を押収することはできないし、拒否した者を処罰することもできない。
ちなみに、道路の歩行者には信号に従う法的義務があり、歩行者が信号を無視した場合には「二万円以下の罰金又は科料」の罰則がある(道路交通法7条、121条1項1号)。一方で、捜査関係事項照会については、無視ないし回答拒否した場合の罰則・制裁規定は存在しない。
法的に言うならば、歩行者の信号無視は刑罰の適用もありうる「犯罪」に該当するが、捜査関係事項照会を無視・回答拒否しても全く問題がないのである。


(2)捜査関係事項照会への回答と個人情報保護法行政機関個人情報保護法違反
むしろ、警察からの概括的な捜査関係事項照会に対し、個人情報等について網羅的・包括的に回答することは、「第三者提供の制限」(個人情報保護法23条)や「利用及び提供の制限」(行政機関個人情報保護法8条1項)に抵触して、回答した者に不法行為責任(民法709条)ないし国家賠償責任国家賠償法1条1項)が生じる可能性がある*6
たとえば、総務省は、「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドラインの解説(総務省HPのpdf)」23頁以下で、次のようにいう。
すなわち、総務省によれば、捜査関係事項照会等の「法令に基づく場合」であっても、「電気通信事業者には通信の秘密を保護すべき義務もあることから、通信の秘密に属する事項(通信内容にとどまらず、通信当事者の住所・氏名、発受信場所及び通信年月日等通信の構成要素並びに通信回数等通信の存在の事実の有無を含む。)について提供することは原則として適当ではない。」という。
これは要するに、総務省の見解として、事業者は、警察からの捜査関係事項照会を拒否しなければならない場合があるということである。
また、弁護士照会の事案であるが、最高裁判所は、政令指定都市の区長が、弁護士法二三条の二に基づく照会に応じて、前科及び犯罪経歴を弁護士会に対して報告したことが、過失による公権力の違法な行使にあたると判断した(京都市の上告を棄却)。
最高裁は、「市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である」と判示している(最判昭56・4・14民集35・3・620(裁判所HPのpdf))。
これは要するに、「法令に基づく照会」であっても、その照会に回答したことが違法とされ、不法行為責任が生じるとした最高裁判例がある、ということである*7
上記判例の時点では、個人情報保護法行政機関個人情報保護法は制定されていなかった。しかし、個人情報保護法行政機関個人情報保護法が制定される前でさえ、最高裁は「プライバシー」を尊重する判断を示したのである*8。そうすると、これらの法律が存在する現在では、(とりわけ行政機関には、)捜査機関からの照会に対しても、プライバシーに配慮した、より慎重な対応が求められることになる。たとえ「法令に基づく場合」だとしても、個人情報等に関する照会に対して安易に回答することが法的に許されないということは、上記の総務省ガイドラインや上記判例から明らかであろう。


最判昭56・4・14は国家賠償請求の事案であったが、上記の通り、私人が捜査関係事項照会に回答した場合にも、回答の内容・態様によっては、不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性がある。
この点について、兵庫県は、「警察の捜査関係事項照会に対しては、顧客情報を提供することができます」という。兵庫県がその根拠として引用するのは、経済産業省の「「個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン」等に関するQ&A(pdf)」15頁(No.99)である。
上記経産省ガイドラインは、「上記照会により求められた顧客情報を本人の同意なく回答することが民法上の不法行為を構成することは、通常考えにくい」という。この箇所は、上記総務省ガイドラインを踏まえるならば、「不法行為を構成することは、通常考えにくい(が、不法行為を構成することがないとは断定できない。)」という意味である。「不法行為を構成することがないとは断定できない」ということは、「不法行為を構成する可能性がある」ということに他ならない*9
経産省ガイドラインでは不法行為を構成する可能性が否定されていないにもかかわらず、なぜ兵庫県は「顧客情報を提供することができます」などと無条件に断定するのであろうか。兵庫県は、速やかに上記の文章を削除・訂正しなければならない。
ともあれ、捜査関係事項照会書に回答した結果、顧客や住民等から訴えを提起された場合に、警察や兵庫県が代わりに責任を取ってくれるわけではない*10訴えられて責任を負わねばならないのは、回答した者である


(3)捜査関係事項照会への回答と守秘義務違反
つぎに、地方公務員法34条1項、国家公務員法100条1項の「守秘義務」との関係についてはどうか*11

茨城県は、捜査関係事項照会と地方公務員法上の守秘義務との関係について論じた文章の中で、刑訴法144条をあげたうえ、捜査関係事項照会についても「この刑事訴訟法の趣旨からすれば,照会事項の内容が職務上の秘密に属する場合であっても国の重大な利益を害するものではない限り,報告する義務があるものと解されます。」と述べる。

しかし、この茨城県の文章には、混同・誤解がある。
刑訴法144条は、裁判所における証人尋問に関する規定である。そして、刑事訴訟法上、証人が出頭・宣誓・証言を拒絶した場合には制裁を受けることがある(刑訴法150条、151条、160条、161条)。これに対して、捜査関係事項照会(刑訴法197条2項)では、拒絶した場合の制裁は刑訴法上存在しない。
そもそも、「証人尋問」は裁判所が行う(刑訴法143条)。「捜査関係事項照会」は、捜査機関が行なう。
要するに、証人尋問と捜査関係事項照会とでは、実施する主体も違えば、制裁の有無でも違う。両者の法的規律・性質は大きく異なっており、全くの別物である。その点を無視して、「この刑事訴訟法の趣旨からすれば」などと論じるのは飛躍であって、誤りである。茨城県は、速やかに上記の文章を削除・訂正しなければならない。

もっとも、このような茨城県の文章を軽信したとしても、照会に対する回答は全て自己責任である。住民等から法的責任を追及された場合、茨城県が助けてくれることはない*12


(4)回答すべきか否か
回答することが不法行為(違法行為)となり、自らに法的責任が生じる可能性を認識しながら、それでも任意に回答するのか。
それとも、回答しなくとも罰則や制裁は存在しないのであるから、個人情報保護法*13行政機関個人情報保護法*14国家公務員法*15地方公務員法*16に基づいて、回答を拒否するのか*17
いずれを選択するかは、各人の「選択」であり、各人の「責任」である。

*1:後記のとおり、法的に誤った文章は、地方公共団体のHPにも見受けられる。

*2:公務員に向けられた有形力行使(実力行使)をいう。『条解 刑法(第2版)』(弘文堂、2007年)264頁。

*3:人を畏怖させるに足る害悪の告知をいう。『条解 刑法(第2版)』264頁。

*4:『条解刑事訴訟法〔第4版〕』(弘文堂、2009年)374頁、『新版注釈刑事訴訟法 第3巻』(立花書房、1996年)84頁。

*5:なお、警察官でない者は、警察庁の捜査関係事項照会に関する通達を軽々しく信用すべきでない。警察庁は「捜査関係事項照会書の適正な運用について(通達)」(http://www.npa.go.jp/pdc/notification/keiji/keiki/keiki19991207.htm)において、「本照会は、公務所等に報告義務を負わせるものであることから、当該公務所等は報告することが国の重大な利益を害する場合を除いては、当該照会に対する回答を拒否できないものと解される。また、同項に基づく報告については、国家公務員法等の守秘義務規定には抵触しないと解されている。」という。しかし、そのような解釈の理由付けも典拠も示されていない。「解されている」とは、いったい誰に解されているのだろうか(上記通達には、文献も、判例も、他省のガイドラインも、根拠となるものは何も示されていないのである。)。とはいえ、そもそもこれは「通達」であるから、法的性質としては、警察組織における内部規則に過ぎず、それ以上の意味はない。すなわち、裁判所や他の行政機関に対しても、民間企業等の私人に対しても、上記の通達は法的拘束力を持たない。したがって、照会を受けた者は、以下で挙げる各法令・ガイドラインの規定や最高裁判所判決(最判昭和56年4月14日)の趣旨等も考慮して、自身の責任において、回答するか否かを判断しなければならない。

*6:この点は、個人情報保護法23条1項1号、行政機関個人情報保護法8条1項の解釈問題となろう。

*7:京都府は、「警察や検察等の捜査機関からの照会(刑事訴訟法第197条第2項)に対する回答は、「法令に基づく場合」(個人情報保護法第23条第1項第1号)に該当するため、照会に応じて顧客情報を提供する際に本人の同意を得る必要はありません。」(http://www.pref.kyoto.jp/joho-kojin/kajohanno.html)と断定する。しかし、最高裁は上記判例において、法令に基づく京都市の回答を「公権力の違法な行使」であると判断した。「法令に基づく」からといって、全ての回答が違法にならないというわけではない。京都府の上記見解には疑問がある。もっとも、京都府は、http://www.pref.kyoto.jp/copyright.htmlにおいて、「京都府は、利用者が府ホームページの情報を利用することによって生じるいかなる損害、損失について、何ら責任を負うものではありません。」とする。すなわち、京都府は上記記載が無責任な情報である旨を明記している。

*8:「プライバシー」とは、上記56年判決の伊藤正己補足意見及び同判決の平田浩調査官による表現。同判決について、平田調査官は「官庁のプライバシー管理のあり方についての重要な先例となる」とする(『最高裁判所判例解説(刑事篇)昭和56年度』255頁)。

*9:上記の通り、不法行為を構成するか否かについては、捜査関係事項照会及びこれに対する回答が、いかなる内容及び態様であるかが問題となる。

*10:兵庫県は、http://web.pref.hyogo.jp/about_pref.htmlにおいて、「5 免責事項」として、「兵庫県は、利用者が兵庫県ホームページの情報を用いて行う一切の行為について責任を負うものではありません。」とする。すなわち、兵庫県は上記記載が無責任な情報である旨を明記している。

*11:ここでは、「職務上知り得た秘密」(地公法34条1項)、「職務上知ることのできた秘密」(国公法100条1項)における「秘密」の意義も問題となる。守秘義務については『最高裁判所判例解説(刑事篇)昭和56年度』258頁も参照。

*12:茨城県は、http://www.pref.ibaraki.jp/misc/right_link.htmlにおいて、「茨城県は利用者が茨城県ホームページの情報を用いて行う一切の行為について、いかなる責任も負いません。」とする。すなわち、茨城県は上記記載が無責任な情報である旨を明記している。

*13:同法23条1項所定の「第三者提供の制限」。

*14:同法8条1項所定の「利用及び提供の制限」。

*15:同法100条1項所定の守秘義務

*16:同法34条1項所定の守秘義務

*17:〔例〕「検討の結果、個人情報保護に関する諸法令の趣旨、及び、今回照会の対象とされた個人情報の性質や分量に鑑みて、捜査関係事項照会書のみでは回答できないものと判断致しました。当該事項の照会につきましては、裁判所が発付した令状をご提示下さるようお願い致します。」

警察官による職務質問と所持品検査(持ち物検査)

【はじめに】
捜査関係事項照会」についてはネット上に参考になる情報(典拠を明示した情報)がほとんど無いように思います。一方、「職務質問」については、ネット上に色々と情報がありますが、間違った情報も見られます。
ここでは、職務質問と所持品検査(持ち検)について、私なりに簡単に書いてみます。なお、以下のリンク先の内容は、自ら実践するかどうかは別として、参考になるかと思います。
「任意同行は拒否できますよね。では職務質問は拒否できるのでしょうか? - Yahoo!知恵袋」
「Wearable Ideas RLL - ちょっと知識と勇気があれば誰でも職質は断れます!」


【法的根拠】
警察官が、「職務質問」として、あれこれ質問してくることがあります。その法的根拠は、警察官職務執行法警職法)の2条1項です。
また、バッグや衣服のポケットの中身を見せるように要求したうえ、「所持品検査」に及ぶことがあります。最高裁判所によれば、その法的根拠も、警職法2条1項です。*1*2


【法的性質―拒否できるか】
職務質問も所持品検査も、「任意」です。*3
最高裁判所は、「所持品検査は、任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾を得て、その限度においてこれを行うのが原則である」と判示しています。*4
したがって、質問や要求に応じる法的な義務はありません。拒否したからといって、処罰されることはありません。はっきりと「いやです」と意思表示してよく、立ち去っても違法ではありません。*5
警察官は「警職法2条1項」や「判例」が法的根拠であると言うかもしれません。これに対しては、「職務質問・所持品検査は、任意ですか強制ですか。任意ですね。お断りします」として、拒否することができます。
警察官は、法的な議論を持ち出されると、「そうじゃなくて…」などと適当なことを言って軽く受け流し、何とか自分のペースに持ち込もうとします。この場合、「何が『そうじゃない』のですか、ごまかさないで下さい。職務質問・所持品検査は任意です」と言うことができます。


【拒否した場合の注意点】
上記の通り、職務質問や所持品検査は任意です。さらに、警職法2条3項は「刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない」と定めており、刑訴法によらない強制の処分を禁止しています。
もっとも、職務質問や所持品検査を拒否して立ち去ろうとした場合、警察官は犯罪の嫌疑を深めて、腕を掴む、前に立ちはだかるなどの行動をとるでしょう。それらの行動について、裁判所は「相手の注意を促す程度の行為」「職務質問を行うための説得行為」等と評価することが多いようであり、直ちに違法とはなりません。*6
したがって、この際、警察官の手を振り切ったり、警察官の胸を押したりすると、適法に職務を執行している警察官に暴行を加えたとして、公務執行妨害罪(刑法95条1項)で現行犯逮捕(刑事訴訟法212条1項)される可能性があります。
ですから、警察官が腕を掴んだり、前に立ちはだかっても、自分は警察官に手を出してはいけません。この場合は、「違法行為はやめてください」「いやです」「放してください」「どいてください」と、毅然とした態度で、繰り返し、大声で言うほかありません*7
また、警察官はろくに挨拶もせず、初対面なのに「ため口」で、単刀直入にあれこれと質問を行います。そこで、それには答えず、自分から警察官の所属・氏名を尋ねてもよいでしょう。尋ねられた場合に所属・氏名を名乗ることは、警察官の職務上の義務です。
例えば、警視庁警察職員服務規程第17条は、「職員は、相手方から身分の表示を求められた場合は、職務上支障があると認められるときを除き、所属、階級、職及び氏名を告げなければならない。」と規定しています*8


【おわりに】
もちろん、犯罪者(自転車盗や覚せい剤所持等)でないならば、職務質問や所持品検査を拒否し続けるよりも、さっさと職務質問に答え、所持品検査に応じた方が、早く解放されることは確実です。
この文章は、刑事訴訟法警察官職務執行法の観点から、職務質問や所持品検査の法的根拠は何か、それらは拒否できるのか、どうしたら拒否できるのか等の諸点について、法学的な興味・関心を持った方のために書いてみました。

*1:警職法は、その二条一項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで、所持品の検査については明文の規定を設けていないが、所持品の検査は、口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果をあげるうえで必要性、有効性の認められる行為であるから、同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合がある」(最判昭53・6・20(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319115420499621.pdf))

*2:最高裁判所判例解説(刑事篇)昭和53年度』214頁(岡次郎)も参照。

*3:最高裁のいう「任意」が国語辞書における意味とは異なるという指摘(上記岡解説213頁参照。)については、注5を参照。

*4:上記昭和53年6月判決。

*5:もっとも、最高裁は、「警職法二条一項に基づく職務質問に附随して行う所持品検査は、任意手段として許容されるものであるから、所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが、職務質問ないし所持品検査の目的、性格及びその作用等にかんがみると、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合があると解すべきである」とも述べています(最判昭53・9・7(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319115903925390.pdf)。上記53年6月判決も同旨。)。この点については、警察官に対して明確な拒絶の言動を継続したならば、なお引き続いて行われる警察官の所持品検査は、その方法・態様の点において「強制にわたる」と評価されるものに至る可能性が高いと考えます。

*6:古い判例として、「夜間道路上で警邏中の警察官から職務質問を受け、巡査駐在所に任意同行された所持品等につき質問中、隙をみて逃げ出した被告人を、更に質問を続行すべく追跡して背後から腕に手をかけ停止させる行為は、正当な職務執行の範囲を超えるものではない。」(裁判所HPにある最決昭29・7・15の「裁判要旨」(原文ママ)。

*7:ただし、大声の出しすぎには注意です。軽犯罪法1条14号は、「公務員の制止をきかずに、人声…を異常に大きく出して静穏を害し近隣に迷惑をかけた者」について、刑罰を定めています(拘留又は科料)。

*8:http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/sikumi/kunrei/keimu_pdf/jin1/007.pdf

排除法則における「違法の重大性」の考慮要素

ちょうど1年前に出た最決平21・9・28*1に、理解し難い箇所があります。
本決定は、当該事案におけるエックス線検査を無令状検証であって違法であるとしつつ、これと関連性を有する覚せい剤については違法収集証拠としての証拠排除を否定しました。本決定は、証拠収集過程の「違法の重大性」を否定する判示のなかで、「本件エックス線検査が行われた当時,本件会社関係者に対する宅配便を利用した覚せい剤譲受け事犯の嫌疑が高まっており,更に事案を解明するためには本件エックス線検査を行う実質的必要性があったこと」を挙げています。
しかし、従来の判例・学説では、嫌疑の濃厚性や違法捜査の実質的必要性は「違法の重大性」での考慮要素とはされていなかったように思います。
同じ態様の違法捜査であるにもかかわらず、嫌疑が濃厚であったり、当該捜査の必要性があったりすると、その捜査の違法性は減少するものでしょうか。疑問があります。この点で、正木祐史准教授が本決定の評釈において提起されている疑問は正当なものだと思います*2
そして、むしろ、本決定は、違法の重大性の要件に仮託しつつ、排除法則に関して利益衡量的な思考をより強く示したものではないかと思います。たしかに、たとえば任意捜査・職務質問における有形力行使や所持品検査の限界の判断は、警察比例の原則の適用場面であって、そこでは嫌疑の濃厚性や当該捜査の必要性を、利益衡量における一方の要素として考慮することが許されます。しかし、排除法則においても同様の考慮をすることが許されるのでしょうか。
このような判断方法が下級審でも広く用いられるならば、せっかく形成されてきた「違法の重大性」「排除の相当性」という「基準」が、諸要素総合勘案型の利益較量論に解消されてしまい、ひいては、裁判所が違法捜査をより追認する方向に進むことも懸念されます。
本決定を出した第三小法廷の裁判官は、裁判官出身2名、弁護士出身2名、学者出身1名。検察官出身者はいませんでしたが、それでも、このような判断が示されました。本決定はたぶん、まだ「時の判例」には載っていません。調査官はどなただったのでしょう。鹿野伸二判事でしょうか。ほかに、家令判事、西野判事、岡田判事、任介判事もいらっしゃるようですが。

証拠物に対する捜査官の作為等の違法捜査は、いかにして抑止しうるか(9月28日追記)

(1)証拠物に対する捜査官の作為
木谷明先生が、他の裁判官から聞いた話として、ある事件を紹介されていたことを思い出しました*1

それは、覚せい剤所持の事案で、覚せい剤の入った、被告人のものではない財布の中に、警察官が事後的に被告人の住所録を差し入れて、被告人を覚せい剤所持の犯人に仕立て上げようとした、というものです。この事件では、裁判所の証拠調べにおいて、財布発見時の現場写真が縦横1メートル近くに拡大されたことで、警察官の作為が明らかになり、無罪判決が確定したそうです。


(2)現場写真は非供述証拠か
上記の事件では、拡大された「現場写真」が決定的な証拠となって、被告人が無罪となりました。
さて、最高裁は「現場写真」の証拠能力について、「犯行の状況等を撮影したいわゆる現場写真は、非供述証拠に属し、当該写真自体又はその他の証拠により事件との関連性を認めうる限り証拠能力を具備するものであつて、これを証拠として採用するためには、必ずしも撮影者らに現場写真の作成過程ないし事件との関連性を証言させることを要するものではない。」と判示しています(最決昭59・12・21)*2

すなわち、最高裁は、現場写真について、「供述証拠説」(伝聞法則を適用し、検証調書に関する刑訴法321条3項を準用ないし類推適用する説)を排斥して、「非供述証拠説」を採用したわけです。上記最決はその理由を述べていませんが、上記最決の1・2審判決は、写真の成立過程が機械的・科学(化学)的であり、人の供述過程とは質的に異なることを主たる理由として、現場写真を非供述証拠であると捉えています。

しかし、近時、警察もデジタルカメラで写真撮影を行います(下記の追記を参照)。上記のような覚せい剤の事案でも、画像編集ソフトで丁寧に編集すれば、「現場写真」に住所録が入っていたことにするのも不可能ではないように思います。別人の財布に被告人の住所録を差し入れて被告人の財布に仕立て上げようとした警察官が、現場写真を事後的に改ざんしないという保証はありません。
非供述証拠説のいう、写真の撮影過程は機械的・科学的に正確である、という議論は、この意味においても、もはや実態にそぐわない認識です。写真の成立過程においても、上記事案のように捜査官の作為等の人為的操作が介在しうる以上、現場写真が非供述証拠であるとはいえないと思います。


(3)現場写真を供述証拠とした場合
では、供述証拠説に立ち、現場写真を供述証拠の一種であるとして321条3項*3を準用ないし類推適用すると、どうか*4
これも、あまり意味はないかもしれません。木谷先生が紹介されている上記事案では、「何人もの警察官が偽証をくり返していたことも明らかに」*5なったそうです。

すなわち、供述証拠説を採ったとしても、司法警察職員が、公判廷において、捏造した現場写真について、当該写真は「真正に作成されたものである」と供述してしまえば、結局、現場写真の証拠能力が認められます。そして、警察官が、その捜査に関与した刑事事件において偽証した(あるいは偽証した疑いがある)という趣旨を判示する判決は目にしますが*6、そのことで当該警察官が偽証罪で起訴されたという話は聞いたことがありません*7


(4)国賠による違法捜査の抑止
こういった捜査官の違法行為を、いかにして抑止することができるのでしょうか。国家賠償請求はどうか。刑事事件に関する国賠は接見等をめぐる事件が多いようなので、それを取り上げてみます。
たとえば、警察官が、弁護人になろうとする者と任意同行中の被疑者との面会について、「社会通念上相当と認められる限度を超えて弁護人等の弁護活動を阻害した違法がある」、「弁護活動を阻害したことについて過失があった」として、慰謝料請求が認められた(5万円)という国家賠償請求の事案があります*8
この事案では、弁護士(国賠事件の原告)が、弁護活動の阻害を受けた際、福岡県警田川署の刑事課長に対して、弁護権侵害による国家賠償請求訴訟を提起するつもりである旨を伝えたところ、同刑事課長は「どうぞ」と答えたとのこと。違法であることを認識していたのか否かは判然としませんが、いずれにせよ、課長としては意に介していなかったようです。

また、最判平3・5・10の接見制限に関する国賠事件では*9、国が敗訴しています*10。この事件で富山地検の検察官は、弁護人等からの被疑者への物の差し入れに関して、「物の差入れについては、……裁判所の接見禁止決定の取消決定が必要である。」として、刑訴法39条の規定自体を全く理解せずに違法な指示を警察官に対して行っており、同時に、違法な接見申出の拒否を行いました。この富山地検の検察官は、後に、大阪高検検事長になっています。


ほんとうは多くの同種事案を検討すべきでしょうが、刑事事件に関する国賠訴訟に効果があるかというと、疑問に思います*11。もちろん、接見指定に関する国賠訴訟で、39条の解釈をめぐる重要な最高裁判例が積み重ねられてきたことも確かです。

しかし、国や都道府県が敗訴したとしても、認容される慰謝料は、大した額にはなりません。それに、そもそも、国賠事件で国や都道府県に慰謝料の支払いが命じられても、その慰謝料は、予算(税金)から支出されるだけのこと。この種の事案で、検察官・警察官個人に対して国賠法1条2項の求償が行われたという話も、寡聞にして知りません。また、上記の違法な接見申出の拒否をした検察官は、公安調査庁長官や福岡高検検事長を経て、大阪高検検事長にまで出世しました。


(5)排除法則による違法捜査の抑止
それでは、違法収集証拠排除法則ではどうか。
違法収集証拠排除法則は、司法の無瑕性と違法捜査の抑止を主要な論拠としますが、これらは、畢竟、利益衡量にほかなりません。近時、刑事裁判に対する影響力ないし存在感を強めている「国民感情」は、果たして、真犯人の処罰を犠牲にしてでも、違法収集証拠を排除することに同意するでしょうか。
そもそも、ここでいう「司法の無瑕性」の意味自体、理解しないのではないでしょうか。すなわち、「国民感情」からは、「真犯人を処罰しないことが「司法の無瑕性」につながるだって?」という疑問ないし批判が提起されましょう。


(6)マスコミによる違法捜査の抑止
さて、警察官・警察組織は、大手新聞・テレビ等に取り上げられて、批判されることを嫌います。そこで、報道機関による報道はどうか(違法捜査を抑止できるか)。

話が少し変わるようですが、先日、「駆け出し事件記者見守るリボンの騎士 天井板に手描き」という記事を目にしました*12。古田真梨子記者がお書きになったものです。

古田記者は、「天井板の手塚さんに見守られながら、5方面記者クラブで取材に携わった記者は、200人を超える。みんなここから巣立っていった。」とお書きです。

記者クラブがまるでトキワ荘のようだ。良い話ですね、という感想もありえないではありません。しかし、ここでの問題は、例えば池袋署の7階から、池袋署を含めて警察の捜査について、ときに批判的に報道すべき記者達が「巣立っていく」という実情にあります。


村木厚子元局長の事件は、まず厚労省の局長という社会的地位の高さ等から世間の耳目を集め、やがて、大阪地検の捜査の杜撰さ・乱暴さが明らかになりました。そしてついに、捜査主任を務めた検察官が証拠隠滅等罪で逮捕されました。

しかし、報道されることもなく、世間からはさして注目されないままの捜査官の犯罪や違法行為の方が多いわけです。


(9月28日追記)
デジタルカメラの画像データの証拠開示に関して


デジタルカメラで撮影された現場写真等の画像データ(電磁データ)の証拠開示が問題となった事案として、大阪高決平20・12・3判タ1292・150*13があります。これは、証拠開示に関する裁定(証拠開示命令)請求棄却決定に対する即時抗告事件です。


すなわち、殺人被告事件の公判前整理手続において、弁護人が、(1)「①検察官請求の写真撮影報告書及び検証調書に添付された写真の画像データ」を検察官請求証拠(316条の14)である写真撮影報告書及び検証調書の証明力を判断するための「類型証拠」(316条の15)並びに被告人に殺意はなかったという弁護側主張の「主張関連証拠」(316条の20)であるとして開示請求し、(2)「②鑑定書に添付された写真の画像データ」を検察官請求証拠である鑑定書の証明力を判断するための「類型証拠」並びに被告人に殺意はなかったという弁護側主張の「主張関連証拠」であるとして開示請求しました。


しかし、これに対して検察官は、「①及び②について,検察官の手持ち証拠ではなく,捜査機関においても保管しておらず, 消去済みである」と主張しました。


阪高裁は、上記のような検察官の主張に対して、「事件が現に係属中であるのに,捜査機関が①及び②を消去するなどというのは通常考え難いことであって,裁判所としては,検察官の上記のような不合理な主張を容易に受け入れるべきではなく,検察官に対し,消去の経緯や時期,その理由等について具体的な説明を求め,場合によっては担当者の証人尋問などの事実取調べを行うなどして事の真偽を確かめる必要があるというべきであり,それによって納得のいく説明等がなされなければ,それらの証拠は捜査機関が保管しており,検察官において入手が容易なものとみなすべきであると解される。」と述べています。
そのうえで、「①及び②については,類型証拠としての開示を相当とする余地が十分あるもの」とし、「①及び②について,類型証拠としてのその存在についての検察官の不合理な主張の真偽を確かめないまま,証拠開示に関する裁定請求を棄却した点は是認することができ〔ない〕」と判断しました。


大雑把に言えば、警察官はデジタルカメラで現場写真等を撮影したものの、検察官は弁護側に対して、その画像データ(電磁データ)は消去済みである等として、画像データの開示を拒みました。これに対して、大阪高裁は、画像データを消去済みであるという検察官の主張は通常考え難いということ、及び、画像データは刑訴法上の類型証拠開示の対象となりうることを述べたわけです。

*1:木谷明「裁判官生活を振り返って――刑事事実認定適正化の方策(パートII)」『判例タイムズ』1084号22頁で紹介されている東京地判平5・2・17〔公刊物不登載〕の事案。なお、木谷明「事実認定適正化の方策」廣瀬健二、多田辰也編『田宮裕博士追悼論集(上)』(信山社出版、2001年)でも、物的証拠に関する捜査官の作為が疑われた実例が挙げられています。

*2:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120328010232.pdf

*3:321条3項は、「検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。」と規定しています。

*4:なお、実況見分調書中等に添付された写真は、本体部分と一体化して本体部分の証拠能力に従うものとされています。

*5:前掲注1、28頁。

*6:たとえば、最判平15・2・14。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319115333247524.pdf

*7:前田雅英『刑法各論講義(第4版)』(東京大学出版会、2007年)547頁には、「偽証罪は、起訴率が非常に低い犯罪である。」とあります。同頁に掲げられている「偽証罪の処理状況」の表によると、2004年に偽証罪で起訴されたのは10人とのこと。

*8:福岡高判平5・11・16判時1480・82、その原審は福岡地判平3・12・13判時1417・45。

*9:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121108503610.pdf

*10:こちらも慰謝料5万円。

*11:国賠での国や都道府県(要するに検察・警察側)敗訴の事案や違法収集証拠排除の事案、裁判において違法捜査が非難された事案が、その後、捜査実務に対していかなる影響を与えるのか/与えないのかは興味深い問題ですが、この点の実証研究は極めて困難に思います。

*12:http://www.asahi.com/showbiz/manga/TKY201008290024.html

*13:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100305153251.pdf

訴訟能力

下の記事に追記した際に、見つけたもの。
波多野陽さんが、「知的障害者 裁く難しさ」という記事をお書きになっています。
asahi.com:知的障害者 裁く難しさ-マイタウン佐賀


公選法違反事件の被告人は、弁護人との応答からみて、弁護人と裁判官の区別が付いていないようです。裁判の仕組みについて基本的な理解を欠いているとすると、弁護人の仰るとおり、被告人は訴訟能力(被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力)を欠いており、314条1項(公判手続の停止)に該当するようにも思われます。この事件で若宮裁判長が審理を続行しようとするのは、責任能力や故意が否定されて無罪になりうるという見通しによるものなのでしょうか。
なお、こういったケースでは、公判手続の停止をしても、訴訟能力の回復が見込めないということも考えられます。その場合には、検察官の公訴取消しを受けて公訴棄却とするか(257条、339条1項3号)、裁判所が公訴棄却で手続を打ち切ること(338条4号あるいは339条1項4号)がありうるようです。


佐賀地裁の若宮裁判長は、佐賀県警の警察官が知的障害者を取り押さえた際に暴行によって怪我を負わせたとされる特別公務員暴行陵虐致傷罪の準起訴手続も担当されています。
http://mytown.asahi.com/saga/news.php?k_id=42000001009060002

(追記)


上記の公選法違反事件について、佐賀地裁(若宮利信裁判長)は2012年2月21日、責任能力があったとは言えないとして、知的障害を持つ被告人(59)に無罪(求刑罰金30万円)を言い渡した。また、警察官が作った自白調書については、知的障害者の特性を理解することなく作られたとして信用性を否定した。判決は県警作成の調書について、「明らかに実際の供述と異なるはずの記載がある。取調官が断片的な供述をつなげて整合的な文書に仕上げた疑いがぬぐえない」と強く批判したという。


上では、「314条1項(公判手続の停止)に該当するようにも思われます。この事件で若宮裁判長が審理を続行しようとするのは、責任能力や故意が否定されて無罪になりうるという見通しによるものなのでしょうか。」と書いた。若宮裁判長が敢えて公判を停止されなかったのは、被告人無罪の見通しがあったほか、警察の不当な捜査方法を明確にして批判しておくべきという意図があったのだろう。


http://www.asahi.com/national/update/0221/SEB201202210007.html
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120221/trl12022110260003-n1.htm
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20120221-OYS1T00715.htm
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20120221k0000e040141000c.html